17Jan
宮殿スタッフ鈴木です。
ちょっとした日本史マニアですwにも関わらず、なぜか高校では世界史を選択した謎の人物でもあります。
さて、「歴史の作られ方」とは何ぞやと。
我々が学ぶ歴史とは誰の歴史なのでしょうか。何を元に教科書などに掲載されるのか。
答えは簡単。古文書です。
そこに書かれている情報を集約し精査して日本史なり世界史が語られるわけですが、ここで問題。
その古文書は誰が、誰の都合で書いたものか?
基本的に文字が書ける時点でそれなりのエリート層、今で言えば「官僚」。平安時代なら「貴族」と「源氏」「平家」。室町以降は「源氏」と「平家」に変わる「各地の武将」が登場するわけです。
その人達が書き残したものが歴史の資料となり、現在に伝わるわけです。
さて、では逆に考えて見ましょう。
その「歴史」を書き残した人々がわざわざ自分自身に都合の悪い事を書き残すでしょうか?
そう、それが本日の御代「歴史の作られ方」なのです。
要は、一般人ではない人々の都合のいい内容しか歴史には残らないということ。
近現代ではマスコミがあるおかげで、一般人が歴史の主役になれるのですが、その昔は歴史の主格はごく一部の上流階級の人たちの為のものであり、一般人のものではなかったのです。
一例を挙げれば…平安時代には「もののけ」や「妖怪」が日夜、京の都で怪奇現象を起こし、それをまじない師である陰陽師が成敗するなり、手なづけては活躍していたそうです。が、当時「人」として扱われていたのは「貴族」および「神主」「僧侶」貴族に仕える「陰陽師」や地方豪族によって治安を守る「検非違使」程度と考えられます。
となると、一般人は…人として扱われていなかったのです。妖怪扱いです。
河童…治水技術者 天狗…山中の金属鉱脈の担い手 鬼…コミュニティー外からの侵入者もしくは朝廷の意に沿わない豪族…等と考えると非常にスッキリします。
妖怪はまるで絵空事のようですが、実際に実在した一般人だったわけです。
つくづく妖怪扱いされない現代に生まれてよかったと思いませんか?
平安時代なら、相当な確立で妖怪ですww
また、戦国時代の古文書は…〇〇記など、主役があっての記録が多いため、都合の悪いことはばっさり割愛して、良い面しか記録されていない場合が多いですね。信長公記は秀吉が書かせたものですから、信長と自分の都合のいい話しか載っておりません。よって、信長を暗殺したとされる明智光秀はけちょんけちょんに描かれいます。
皆さんも、ちょっとそんな視点から歴史を楽しまれてはいかがでしょうか。



















